Daily Archives: 2026年7月28日

7月26日 練習

Pin It

お疲れ様です。
1回生マネージャーの有田七海です。

本日は1日通してとても暑く、午前は微風でしたが午後には風が少し強まる中で練習を行いました。午前午後ともにマーク練、帆走、スタート練などを行いました。

そして、OBの先輩のご家族から飲み物の差し入れをいただきました。猛暑の中の練習で熱中症が心配されるため、とてもありがたいです。万全の状態で練習や西医体に臨めるよう、細かな対策を徹底していきたいと思います。

いよいよ西医体直前となりました。私自身、先輩方のおかげでマネージャー業務を少しずつ覚えられてきたので、より責任をもって自分で考えながら選手をサポートし、選手全員が西医体でベストを尽くせるよう努めたいと思います。

コンパウンドしたてでピカピカです!
水面を滑るように走ります!!

⛵️⛵️⛵️コラム⛵️⛵️⛵️

 5回生スナイププレイヤーの山田怜音です。
 気づけば西医体まで残すところあと1週間となりました。いい機会なので僕のヨット人生を振り返らせていただきたいと思います。(かなり長くなってしまいましたので、お時間のあるときに読んでいただけると幸いです…)

 僕は何かとヨットに縁のある人生で、僕が初めてヨットというものに出会ったのもおそらく幼稚園のころだと思います。というのも、家の隣にあるお肉屋さんが、店の敷地内に乗れなくなったクルーザーを陸置きしていたのです。(その店にはアメリカのスクールバスとかも置いてありました笑)ヨットとの出会い方としてはかなり特殊だと思います…そのヨットのマストに登ったり、中でおやつを食べたりと遊ばせてもらっていたことを覚えています。

おそらくこれは小学生ぐらいの頃
無人島にて


 次の思い出は小学生の頃に兄と参加した、夏休みのYMCAのヨットキャンプでした。キャンプは瀬戸内海のとある無人島で行われましたが、そこではOP級が1人1艇与えられ、1週間ほどのキャンプ期間の中で乗り方を習得し、最後の日はレースで締めくくるという体験ができました。小学生の男児からしたらどんな乗り物でも、「自分で運転できる」というのはとてつもなく魅力的で、その1週間が有意義なものであったことは言うまでもありません。(ちなみに最終日のレースは上マーク回航後に兄をブランケにかけて抜き、見事優勝しました!)そこから3年ぐらい毎年そのヨットキャンプに参加し、OPやホッパーに乗っていましたが、中学生になってからはヨットに乗る機会もあまり無くなり、家族でその無人島にファミリーキャンプとして遊びに行った時に、ホッパーやシカーラという2~3人乗りのヨットにちょっとだけ乗ったりするぐらいの関わりでした。
 


 その次の出会いは少し間が空いて、大学に入ってからの新歓でのヨット部との出会いでした。前述のように多少ヨットに乗れる自信のあった僕は、「ヨット経験者」として新歓に参加し、入部することを決めました。(先輩方は「経験者が入ってくれる!」と喜んだらしいですが、思ったような経験者ではなく、あとになって裏切られることになります…)

 ヨット部に入部してからは本当に色々なことがありました。1回生の頃は生意気で反発ばっかりして、先輩たちには多大なるご迷惑をおかけしたと思います…それでもそこで見捨てずにここまで成長させてくださったことには感謝しかありません。
 2回生になると後輩が入ってきてまた環境がガラリと変わりました。今振り返ると2回生の1年間は僕のヨット部生活の中でも、なんの焦りもなく、ただ純粋にヨットを楽しむことができた1年だったように思います。2回生前半は西医体に出るクルーとして当時4回生の東郷先輩と乗り込み、結果スナイプ級は準優勝、総合3位という結果を残し、後半は人数の兼ね合いからスキッパーを始めることになり、右も左もわからない中で先輩たちになんとか喰らい付いていくという環境で、毎週末が新鮮で楽しみで仕方がありませんでした。
 3回生では再び東郷さんとペアを組み西医体に出場することとなりました。次こそは優勝を!!と意気込んで広島へと向かったのですが、蓋を開けてみると圧倒的なボートスピードと安定したメンタリティで圧巻の優勝を勝ち取りました。あの感動は一生忘れることはないでしょう。その広島遠征中に同期の吉岡とキャプテンをするか、西医体の競技責任者をやるかを夜遅くまで話し合ったのもはっきりと覚えています。長い話し合いの結果、僕はキャプテンを拝命することになりました。プラスで西医体の会計も併任することにもなり、忙しい日々が始まることとなりました…
 そこからは毎日やることが山積みで、ヨットを楽しむどころの話ではありませんでした(笑)平日は西医体の準備と部活の行事の準備、チームビルディング、週末の練習メニューを考え、週末は琵琶湖の風に翻弄され、準備してきた練習メニューを予定通りにできることは少なく、臨機応変さを分単位で求められるという有様でした。ただ、心強い先輩からの助言やシゴデキな同期、頼もしい後輩たちに支えられ、なんとかキャプテンを務め上げることができました。この経験は自分でもわかるほどの成長を与えてくれたと思います。

2025 コメディカル優勝!!

 最終学年となり、ついにエーススキッパーとしての一年が始まりました。この一年を通して強く感じたのは、ヨット部でこれまで積み重ねてきたことが、良くも悪くもすべて自分に返ってくるということでした。どれだけ自分はヨットに向き合ってきたのか、練習中にどういうことを考えていたのか、それだけではなく、自分は周りの人とどのように関わってきたのか、周りの人に自分はどう見えているのか、、、要は今まで自分がやってきたことの答え合わせです。
 正直、答え合わせをしてみると、まだまだ自分には足りないところがたくさんあるなと感じることも多くあります。レースで思うような結果が出ず、何が正解なのかわからなくなることもありましたし、チームを引っ張る立場として、自分の力不足を痛感することもありました。それでも、先輩方、同期、後輩達が自分を信じてここまでついてきてくれて、支えてくれて本当に感謝しかありません。

 かなり長々と書いてしまいましたが、もうあとは西医体をやり切るだけです!!!応援してくださる全ての人に恩返しができるように、残っている時間でやれるだけの準備をして、最後まで戦い抜きたいと思います!!
応援よろしくお願いいたします!!

2025 総合優勝!!!

7月25日 練習

Pin It

お疲れ様です。
1回生マネージャーの奥村藍里です。

本日も太陽が照りつける猛暑の中での練習でした。午前は帆走とマーク練習を行いました。出艇した時はほぼ風が吹いていなかったのですが、11時頃から徐々に風が吹き始めました。午後は午前よりも風が吹き、帆走やスタート練習を行うことができました。また本日は、OBの方々をはじめ、他大学の方々ともご一緒に練習をさせていただき、大変有意義な1日となりました。ありがとうございました。

西医体までの通常練習は残すところあと2日となり、本番が目前に近づいてまいりました。選手全員が最高のパフォーマンスを発揮できるよう、微力ながら精一杯サポートしていきます!

目標である「優勝」に向け、部員一同全力で取り組んでまいります!引き続き温かいご声援をよろしくお願いいたします!

⛵️⛵️⛵️コラム⛵️⛵️⛵️

5回生470プレイヤーの吉岡祐貴です。

引退コラムということで、5年間のヨット部生活を振り返ってみようと思います。

私が入部したのは、まだコロナ禍の真っただ中でした。新歓が行われたのは10月で、当時は部員数も少なく、先輩方に本当に手厚く迎えていただいたことを覚えています。部の雰囲気がとても良く、「この人たちと一緒にヨットをやってみたい」と思い、入部を決めました。

当時のヨット部は、コロナの影響で経験者がほとんどおらず、まさにゼロからのスタートでした。人数も少なかったため、1回生からレースに出場する機会をいただきましたが、今振り返ると、あの頃の先輩方は自分たちも手探りだったはずです。それでも頼もしく見えたのは、見えないところで努力を積み重ねておられたからなのだと思います。

2回生では、西医体で全レースに出場する機会をいただき、チームとして総合3位という結果を残すことができました。一方で、経験者のいる大学との実力差も痛感し、「まだまだここからだ」と感じた大会でもありました。

その年の秋には、スキッパー不足もあり、入部から1年も経たないうちにスキッパーに挑戦することになりました。最初は本当に何も分からず、ジャイブをするたびに沈していたことを今でも覚えています。それでも先輩方や、一緒に乗ってくれた後輩が根気強く付き合ってくれたおかげで、少しずつヨットに乗れるようになっていきました。

3回生になると部員も増え、部の雰囲気も大きく変わりました。自分の艇を持つようになってからは、ハーバーへ通って整備をすることも増えました。整備で困っていると、琵琶湖のセーラーの方々がいつも気軽に声をかけてくださり、艇の整備だけでなくヨットそのものについても本当に多くのことを教えていただきました。一緒に乗ってコーチングしていただくこともあり、そのご縁は今でも続いています。こうしたハーバーの方々とのつながりは、京都府立医大ヨット部の大きな強みであり、今のチームを支えてくださっている大切な存在だと感じています。

広島での西医体では、チームとして完全優勝を達成することができました。この結果も、その年のメンバーだけの力ではなく、コロナ禍の苦しい時期から部を支え、土台を築いてくださった先輩方や、多くの方々の支えがあってこそのものだと感じています。

その後は幹部として活動し、琵琶湖開催の西医体では競技責任者も務めました。大会準備を進める中では、運営は学生だけで成り立つものではなく、ハーバーの皆さんや関係者の方々、本当に多くの方の支えがあって初めて大会が開催できるのだということを実感しました。一方で、幹部として十分な働きができたかというと反省も多く、当時主将だった山田には負担をかけてしまったと思っています。

西医体後は470チームリーダーという立場になりましたが、実際には後輩たちに助けられることばかりでした。先輩方にも引き続き指導していただき、後輩たちにも支えてもらいながら、ここまで活動を続けることができました。

振り返ると、この5年間は本当に多くの方々に支えられた5年間でした。OBOGの皆様には、日頃から多大なご支援をいただき、恵まれた環境で練習をさせていただきました。また、先輩方には技術だけでなくチームづくりについても多くのことを教えていただき、琵琶湖のセーラーの皆さんには、部員という枠を超えて温かく接していただきました。こうした多くの方々との出会いがあったからこそ、充実したヨット部生活を送ることができたのだと思います。

最後になりますが、今までお世話になったすべての方々に心より感謝申し上げます。最後の西医体では、これまで支えてくださった皆様への感謝を胸に、5年間の集大成として悔いのないレースができるよう全力を尽くします。今後とも京都府立医科大学ヨット部への温かいご支援、ご声援のほど、よろしくお願いいたします。